思考の自由研究

世界で一番かわいい言葉は「もぐもぐ」だと思う

目は口ほどに

同じ時間を過ごしていると、「ずっと一緒にいれたらいいね〜」と思う人がたくさんいる。それは友達のときもあるし、もちろん、そうじゃないときもある。
 
彼ら彼女らの顔を見て、何をどう努力すればこの関係を継続させられるんだろうとじっと考える。昔の友達の顔を思い浮かべてみるけれど、やっぱり、どうにもその答えは出なさそうだと思う。
 
 
 
少し前まで継続的に会っていた人と、ぱったり連絡を取らなくなった。色々と理由はあったのだけれど、こういう時、人間のつながりってなんとも希薄なものだなあという、ある種の諦めのようなきもちが湧いてくる。
 
就職を機に時間が合わなくなるとか、引越しで物理的な距離が生じるとか、もしかすると、恋愛にまつわる関係のほつれなんてのもあるかもしれない。
 
誰かと会わなくなる理由はそれぞれあったけれど、結末はどれも同じでしゅんとする。最初はいつまでも同じ関係で居られると思っていたけれど、なるほど、そう簡単なものではないらしい。
 
自分でコントロールできる理由なら遠ざけることができるが、外的要因だとどうにもならないので困る。運命だねと言うしかなくて、なんとも切ない。
 
 
 
人生の名場面には、いつも親友がいた。小学校の時に2人、中学校と高校で2人、何年も過ごしていないこの大学生活でも3人。
 
言わずもがな、どれも過去の人となった。
 
明確にいつ、というわけではないけれど、本当にいつの間にか、それぞれの理由で全ての関係がなくなっていた。
 
アタシタチ、親友だよね〜!と口に出しているうちは、偶像崇拝というか、記憶に残る言葉だけでも結束しておこうとする、ハイパー安易な考えに甘えていたのかも知れない。甘っちょろいね〜
 
 
 
気持ちなんて言わなきゃ伝わらないよ!というのは私も圧倒的同意なのだけれど、人間関係そのものに関しては違うのかもしれない、と思う。
 
どうなんだろうなあ、でもやっぱり恋人には好きだと言われたいし、友達には信頼していると言われたい。両親には最高の娘だと言われたいし、先生にはキミが一番だと言われたい。
 
口に出してしまえば風流が廃れるのに、口に出さないとキミが思っていることは何もわからない。
 
目は口ほどになんとやら。しかしその目を観察する能力は、果たして私にあるのかしら?
 
人との口約束に口を出す前に、目を肥やすことが先見の明だったのかしら?
 
怪しい外的要因を避けるため、自分のまなこを磨くべしとは、結局何事もそうなのかもね。何においても自己防衛。