思考の自由研究

世界で一番かわいい言葉は「もぐもぐ」だと思う

引力

この数日間、いろんなことを考えていた。

こういう繊細な話を書き留めるのもどうかと思ったり、人目につく場所でわざわざ言いふらすことでもないと思ったりした。が、近い将来読み返して、今自分が感じている、このざわざわ波打つ気持ちを何度でも思い起こせるようにしておく必要があると思った。どうせすぐに忘れるから。

 


私は彼を一方的に知っているだけだし、別に特別好きだということはない。けれど私の中のイケメン俳優史は彼が最新かつ最強の年代なので、大変おこがましいが、主観的な距離感で言うと「小学校の同級生」くらいの感覚がしっくりきていた。名前は覚えてるけど、どんな子だったかわからない、とか、席が近い時だけは少し話したこともあったかな、とか。輪郭だけ覚えているが、中身は忘れてしまったような人物像というか、なんというか。

 

繰り返すが、私は本当に彼のファンというわけではないし、事後「あんなに素敵な俳優さんだったのに」といかにもファンらしく振る舞うつもりは毛頭ない。それなのに今回受けた衝撃は言葉にできないほど凄まじく、最初にニュースを見た時には、すこし震えてしまうくらいのものだった。

飛び込んできた情報から、ふと引力が働き出す。

 

しばらくして、自分がもし彼と同じ年に同じ道を選ぶなら、22歳の今、何をするんだろう、と考えた。今この瞬間しかできないことは今しようと思ったり、今の自分が思う悩み苦しみは大したものではないのかな、と思ったりもした。

けれど朝になって手を動かし始めると、やっぱり今日もダメだ、明日もダメに違いないという気持ちになる。

 

悪い方向にも、いい方向にも力がかけられているような感覚がある。

赤の他人の不幸がここまで自分に影響を及ぼしてくるのは初めてで、正直なところものすごく動揺している。半年も経てばこの気持ちはすっかり忘れてしまうだろうが、ともかく今これだけこの話に引っ張られているのは、日々自分が感じている苦しさとやるせなさと、強く共鳴する部分があるからのように感じる。

私の話は面白くもないので、もう割愛する。

 

あまりの引力でずるっと足を持って行かれそうな気がしているので、なるべくこのニュースには触れないようにしている。けれどあの甘いマスクがあらゆる液晶に映るたび、罪悪感のような息苦しさにお腹のあたりを掴まれて、いつの間にか、彼のことばかり考えてしまっている。早くこの感覚が薄れたらいいと思う反面、薄れた瞬間にまた別の引力が働いてくるのだろうなとも思う。生の苦しみがある限りこの引力はなくならないのだろうが、今回のそれはどうにも強すぎる。おかしい、けれど手を止めることはできないから、ああ今日もダメだ、明日もダメに違いない、と思い続けることはやめられない。